行動のプリンシパル
下のテキストはケン・スクールランド(ハワイパシフィック大学の政治学・経済学助教授)のThe Adventures of Jonathan Gullibleのエピローグを訳したものです。エピローグの英語の原文は次のサイトでバックグラウンドミュージックと素敵なフラッシュ・アニメで紹介されています。http://www.jonathangullible.com/mmedia/PhilosophyOfLiberty-english_music.swf (このアニメの作家であるLux Lucreは夭折してしまったため、今となっては英語のテキストを日本語版に差し替えることは困難になってしまいました。作家の遺族が自由へのメッセージには反対する左派的価値観の持ち主で、このアニメのフラッシュ・ファイルを消却したそうです。どなたか日本語版のアニメを作れる方はいませんか。)
この小説の邦訳は「のんきなジョナサンの冒険」の表題で2001年4月から「経済セミナー」に連載されました。監訳しておられた大学の先生がその日本語版のテキスト・コピーを私に送ってくれました。その先生の御家系は明治初年からクリスチャンで、先生ご自身が三代目、「兄は牧師、妻は牧師の娘、ジョナサンの翻訳に協力した三人の女性は、国際キリスト教大学の初期の卒業生」などの理由で、私のような「無神論や基督教否定のサイト」で紹介されたり、リンクされたりすることは断わるとのことでした。(ですから、ここでその先生の名前を表記することはしません。)自由のフィロソフィーに携わる方がこうした発想をされるとは予期しませんでした。
下記のエピローグは、私が訳したものです。
「ジョナサンの冒険」のエピローグ
自由の哲学の根本は、人が自分自身の主だということだ。あなたの人生はあなたのもの。これを否定すれば、他人があなたの人生に対し、あなたより大きな権利をもつことになる。あなたの人生は他人や他人の組織のものではない。他人の人生があなたのものではないように。
あなたは、未来、現在、過去という時間に生きる。それは、人生、自由、そして人生と自由が生み出すものによって証明される。あなたが命を失えば、あなたの将来を失う。あなたが自由を失なえば、あなたの現在を失う。あなたが人生と自由が生み出したものを失えば、あなたはそのために努力した過去の一部を失う。
あなたの人生と自由が生み出したものはあなたの財産。あなたの財産はあなたの行為の結果、すなわちあなたの時間と努力と才能の結果である。あなたの財産は、あなたによって価値のある物にされた自然の一部である。あなたの財産は、他人との自由交換や相互同意で手に入れたものである。人は自由意志で物を交換してこそ、互いの利益につながる。利益にはならなければ、 交換しない。交換するしないの決定権はあくまでも本人にある。
人は、暴力や詐欺によって他人の財産を奪うこともある。暴力を行使し、命を盗るのは殺人。自由を盗るのは奴隷化すること。財産を盗るのは強盗。そういう犯罪行為を行うのが個人であれ、多数派が少数派に対してであれ、上等な帽子を被った立派な肩書きの高官であれ、それが犯罪であることに変わりはない。
あなたは、自分の命、自由、そして正当に手に入れた自分の財産を他人の攻撃から守る権利がある。さらにそれを他人に頼む権利もある。だが、あなたは、他人の命、自由、そして他人の財産に対して暴力を行使する権利はない。さらに、自分のために第三者をして他人に暴力を行使せしめる権利もない。
あなたは、自分のために指導者を選ぶ権利がある。だが、あなたはその指導者を他人に押し付ける権利はない。選ばれた方法と関係なく、指導者はただの人間であり、指導者が他の人間より大きな権利を有するわけではない。立派な肩書きをもち多くの人々に支持されようと、人を殺す権利もなければ、奴隷化する権利もなく、強盗をはたらく権利もない。あなたは自分がもっていない権利を指導者に与えることはできないのだから。
あなたの人生はあなたのものであるのだから、あなたは、あなたの人生に責任がある。あなたの人生は、あなたに服従を強要している人からの借りものではない。また、あなたは、あなたに犠牲を強要している人の奴隷ではない。あなたの価値観に基づいてあなたの人生の目的を選ぶのは、あなた自身である。成功も失敗も、進歩のためには必要である。あなたが他人のために起こす行動、そして他人があなたのためにする行為は、自由意志や相互同意に基づいてこそ徳である。自由な選択がなければ、徳は存在しない。
これは、真に自由な社会の基本だ。この規則は、人間の最も実用的・人道的基本である。
政府の暴力によって引き起こされる問題には解決法がある。その解決法とは、人々が自分たちの利益のため政府に暴力を行使させないことである。悪事を働くのは悪人のみではない。自分のために暴力を行使することを許す善人も悪事を働いている。こうして、人間の長い歴史の中で善人が悪に権力を与えてきた。
自由な社会を実感できるのは、押し付けられた幻想や目標に従った時ではなく、価値観の見本市で自分の価値を発見する時である。政府の力を借り他人に自分の夢を強いることは知的怠慢であり、往々にして意図しない、悪い結果を生み出すものだ。自由な社会を築くには勇気が必要だ。自分で考え、意見を表明し、行動する勇気である。何もしない方が楽な場合は特に。。。
ジョナサンより
ホルガー ・H・ハウプト