自由への望み

自由のない人生は人間の尊厳を損なう。

私はアナ−キストである。自分のことは自分で決める。自決権が欲しい。他人に支配されたくないのだ。君主にも、独裁者にも、多数の人々にも、民主政体であれ、プロレタリア独裁であれ、何者にも支配されたくないのだ。

私にとって、国家の法律は守る義務はないと考える。なぜなら、私がその法を承認したわけではないから。義務とは、自分の自由意志で負うものである。だが、法律に従うことは、支配者のテロ(暴力)に屈服することでもある。たとえ支配者のテロから完全に自由になれなくとも、個人の信念は常に自由であるべきである。

民主主義社会において、選挙で投票し、支配者(政府)を正当づける人々は、実は、私には罪なことをしているのである。彼らの選んだ人民の代表は、「誰にでも同じ自由を」の原則を無視する。なぜなら、自分は自由を行使しつつ、私の自由を奪っているから。つまり、人民の代表は私に暴力を振るっているに等しい。

国家主権主義のイデオロギーは様々である。民主主義、社会福祉国家主義、共産主義、独裁的国家社会主義、君主主義などがある。その代表者や賛同者や協力者、日和見主義者等などは皆、私の様な国家主権主義に反対する人や、異なる国家制度イデオロギーの賛同者に対し暴力犯罪を犯すことになる。

アナーキズム、つまり一切の権力を否定し、個人の自由を拘束しない社会の実現を主張する事はイデオロギーではない。アナ−キスト達はだれにも何も押しつけることはしない。
アナ−キスト達は国家主権主義者の)あなた達から何も要求することはない。ただほおっておいて欲しいだけ。邪魔をしないで。私のことをかまうな!!!

しかし、あなた達、国家主権主義者は、私達のアナーキストに要求を押し付ける。しかも、多くのものを要求する。すなわち私達の財産(税金、要らない社会保険、私達の承認していない禁令に違反したときの罰金等など)、私達の自由(兵役義務、民間人労働、刑務所、強制接種等など)さらに私達の平和(あなた達がたくらんでいた戦争)。あなた達の国家は最悪の人殺し。二十世紀だけでも、あなた達の国家イデオロギーの犠牲者の数は一億を超える。核兵器や通常兵器の軍備の増強 とそれに伴う資源の無駄遣いも国家イデオロギーのせいである。未だに国家の名において人々は虐殺され、片輪にされ、抑圧され続ける一方だ。あなた達の国家主権主義者は私達、アナーキストを非難すべきはない、なぜなら、あなた達のほうこそ腐敗しているのだ。

私達アナーキストは慎ましいが、あなた達、国家主権主義者は、強欲である。私達は「誰にでも同じ自由を」求めるに過ぎないが、あなた方は私達より、より多くの自由が欲しい、自由の全てが欲しい、あなた方の国家主権主義の名の下に私達を支配するの自由。あなた方は私達に暴力を振るっているのだ。

敵の貶すのは兵法の一部かもしれない。国家主権主義者のもとでアナーキズムはカオス、アナーキストはテロリストや犯罪者と等しくなった。だが過激派のテロリストはアナーキストではなくて共産主義という国家主権主義のイデオロギーをもつ人だ。最も残酷なテロリストは、国家政府と彼らのブラッドハウンド軍隊と警察だ。

アナーキストはテロをおこさない、人殺しもしない(自己防衛は別)。殺人犯は「誰にでも同じ自由を」の鉄則を無視する。。。控えめに言えば。

ハウプト ホルガー

ホームページに戻る