差別

私の2004年の夏休みのページ(http://www.hpo.net/users/hhhptdai/sommer2004jp.htm)でホルスト・マーラーの政治訴訟について触れた件【27回目に裁判長がやっと訴訟を取り下げた。判決なし。】に間違いがありました。手短に事件を伝えましょう。ホルスト・マーラーはラインホルド・オバーレルヒナーとウヴェ・メーネン(この二人も68年世代の極左、今は極右の扇動者)と一緒にドイツ会(www.deutsches-kolleg.org)を設立し、国家主義的な立場を表明しました。彼らの書いた事(”Aufruf zum Aufstand der Anständigen”=高徳の士よ立ち上がれ)は政治的正当性(political correctness)に反し、大衆扇動の罪(§130 StGB=刑法典)で起訴されました。裁判長は27回目の裁判になってやっと、当ホルスト・マーラーの刑事事件を別の訴訟で審議されることを決定したのです。
ホルスト・マーラーの罪とは、彼が反ユダヤ主義は歴史上幾度も起こったことを分析し、それについて論文を書いたという事でした。ホルスト・マーラーは自分は反ユダヤ主義者ではなく、ただこの社会悪を研究しその治療方法を探求しているだけと主張しています。彼は冷静に誰も侮辱することなく理性的に意見を表明したにもかかわらず、裁判長はホルスト・マーラーの意見に「吐き気を感じた」と九ヶ月の刑を言い渡しました。
ホルスト・マーラーは弁論時に陪審員に対し、「真実と正義を誓ったあなたたちはこうした政治訴訟に関わるべきではない。もしあなたたちが私を有罪にすれば表現の自由はどうなるか。」と言ったため、裁判長はそれが「陪審への脅し」だったとし、新たに刑事訴追の手続きをとったということです。

ホルスト・マーラーらは、ドイツ人は自分の力で国家的自由を獲得しえないため、エリート(ホルスト・マーラー達?)によって自由へ先導されなければならないといかにもインテリ的詭弁を弄し、理屈を並べます。国家的自由は個人の自由と全く違うものであり、国民を国家的自由へ先導して国の新しい支配者になる魂胆をもつマーラー達を私は支持しません。そういう人達が社会の支配者になれば、私達は現在より抑圧されるのは明らかです。

私は、故郷で営業禁止命令にさらされた極右クラブで「スライプニル」という雑誌のためにインタビューを行ったことがあります。そこの国家主義者の若者は「ホルスト・マーラーのドイツ会は、ドイツ連邦共和国が民主主義だという理由でドイツ連邦共和国に反対するが、我々はドイツ連邦共和国が非民主主義であるため反対する。」と述べました。彼らは私と同じくホルスト・マーラーの意見に反対であっても、ボルテール(16941778; フランスの啓蒙思想家)の有名な言葉「貴殿の文章にはうんざりさせられますが、それでもわたしは貴殿の書き続ける自由は命をかけて擁護します」に従い、彼の意見を表現する権利のためには戦うという事です。

ドイツ現代歴史の一こま
ホルスト・マーラーとは。。。
私の世代のドイツ人は皆知っている人物です。
60年代末、ホルスト・マーラーはオットー・シリー現内務大臣とともに当時の議会外野党(西ドイツの学生運動)ならびに初期赤軍の弁護士だった。
1970年マーラーは自身ヨルダンへ行き、パレスチナ解放機構からテロ襲撃のため武器の使い方を教授された。
197262日、バーダー・マインホーフ・ドイツ赤軍グループが逮捕され、ホルスト・マーラーも赤軍に参加した嫌疑で逮捕され、197322612年の刑を宣告された。
1974119日、赤軍のテロリスト、ホルガー・マインスがハンガーストライキのため餓死した28時間後、ドイツ赤軍は報復としてベルリンの高等裁判所長を殺害した。
19741129日、ホルスト・マーラーは別の訴訟(ウルリーケ・マインホーフ関連)で14年間の懲役に処せられ、さらに同じ年、マーラーは毛沢東主義的な意見を表明したために赤軍から追放された。
マーラーは在監中、オットー・シリー現内務大臣からドイツの哲学者ヘーゲル全集(全二十冊)の差し入れを受けた。(マーラーはこの二十冊を実によく読みこんだらしい。彼は今では「ドイツの子供は皆ヘーゲルを暗記すべきだ」と述べる程のヘーゲル信奉者となった。)
197535日、ドイツ赤軍はキリスト教民主同盟の最有力候補者ペーター・ロレンスを拉致し、人質解放を条件に6人のテロリストが刑務所から釈放される事を要求した。ホルスト・マーラーはその6人のうちの一人だったが、開放されることを拒否した。他の5人は開放され、イエメン(アラビア半島南部の共和国)へ逃れた。
1978年、ゲルハルト・シュレーダー現首相がマーラーの新たな弁護士に就任した。当時「フリー・ホルスト・マーラー」とのキャンペーンも手伝い、この年の11月、マーラーには初めて拘留休暇が認められた。
1980年、ホルスト・マーラーはゲルハルト・シュレーダー氏の弁護により釈放され、さらに1987年には弁護士再開の許可を与えられた。
ホルスト・マーラーは1998年、今度は国家主義擁護の立場から講演や出版(「ドイツはドイツ人のため」等)に携わり、極右の弁護活動を開始したが(永遠の極端論者!?)、結局また刑務所行きとなったのである。そして今度は極右サイドからフリー・ホルスト・マーラー・キャンペーンが行われている。

私はコスモポリタンな思考の持ち主であり、ナショナリズム的意見には賛同しませんが、マーラーや国家主義者の現在社会における悪や愚劣への批判に対しては魅力を覚えます。それらの一部を次に紹介します。

マーラーの政治的正当性(political correctness)への批判から:

寛容の強要

「絶対的寛容は、不寛容のほかは何でも受け入れる事を強要する。絶対的寛容は、寛容が不寛容な事をたたき出すことによって、寛容を破壊することに対して寛大である。禁じられた不寛容に代わって、恨み(ルサンチマン)が頭をもたげる。すなわち権利も権力ももたない不忍耐である。恨みが権力を握れば、その恨みは不正に得た権利を得、不寛容への権利を復活させる。それは寛容のない状態である。」

続いて、ホルスト・マーラーは、現在の掟「汝寛容であれ」の代わりに「汝差別せよ」と言う新しい掟を定めた。

掟としての差別

「わがドイツ会は差別を命じる。差別する事は、悪が善に、醜が美に、害のある物が役に立つ物に、他所の物が自分の物に劣っている事を認める事である。差別する事によって、あらゆる文明における社会・経済・精神・正義の価値が守られる。
差別は文明の基本道徳であり、差別をしない礼儀を可能する美徳である。愚者や醜い者、劣る者に対し、その事を伝えてはならない。何故なら、まず彼ら自身それを知っているはずであり、また、たとえそれが真実でも、人は他の人間に必要のない苦痛を与えるべきではない。
だが、現在の社会民主党/緑の党連立政権の反差別法が逆挙証義務を伴った強制法になるとすれば(逆挙証義務とは、原告側ではなくて被告側に挙証義務があることをいう。)、寛容な差別は不寛容な非差別になる。差別されるのは差別そのものだけになる。それによってドイツ文明の基本道徳が罰せられることになるのである。」 (ここまでホルスト・マーラー)

次は前連邦大統領の娘アンナ・ラウ(17)の話です。「MAX」と言う雑誌に載った父と娘の会話からの引用。ドイツの大統領も他の組織政治家と同様常に大衆を極右攻撃に仕向けていた。それに反発したアンナ・ラウは「学校でほとんど毎日極右の悪事が話題になるのに、右派とは具体的に何なのかについては触れられません。。。。酔っ払いに迷惑行為を受け、おまけをつけて応酬しても、その酔っ払いがドイツ人なら大丈夫ですが、もし外国人だったら、すぐ『あなたは極右だ』と言われます。」.

ドイツの新聞「DieWelt2005.02.01)への投書:「私はアパートを賃貸したいのですが、白人男性、黒人男性、女性、それに障害者が借りたいと申し出ています。訴訟沙汰を避けるためには、私は家主として誰に貸せばいいのでしょうか。」編集者の答え:「現在は人種差別に敏感なので、黒人に優先的に貸すのが一番でしょう。」
(私のコメント:投稿者は同性愛者を挙げるのを忘れました。同性愛者を差別する事も禁止されています。同性愛者を雇わなかった雇用主をその同性愛者は反差別法違反で訴える事が出来ます。つまり、法律上同性愛者は異性愛者より優遇されるわけです。)

1995年、ドイツの基本法の第3「全ての人間は法律の前で平等である」は修正され、差別を撤廃する為、性、人類、言葉、素性、信仰、宗教や政治観により不利を被ったり有利な扱いを受けてはならないとの表現が追加され、さらに「障害者は不利な扱いを受けてはならない」という文が付け加えられました。 圧力団体の影響で基本法則は冗漫になり、ある人は平等よりより平等になりました。

500ページにもわたるEUモンスター憲法も膨大な法律用語を駆使し、差別の撤廃を試みています。EU憲法第III部の「欧州連合の政策範囲ならびに業務組織」第1課、全般適用のための法則第III条第2項によれば、欧州連合は男女のUngleichheiten(=不平等 ドイツ語ではそれが身体の差異をも指すものなのか曖昧)を撤廃し、男女平等を推進します。
第III条第3項では、欧州連合は性、人類、素性、宗教や世界観、障害、年齢や性的性癖による差別に対し積極的に戦うということであるが、一方第II部第3課第II条21項の「非差別」という項目では、あらゆる差別(性、人類、肌の色、 人種的・社会的由来、遺伝上の特徴、言葉、宗教、世界観、政治的見識、少数民族、財産、出自、障害、年齢、性的性癖による差別)が禁じられているのです。
上記の二つの条文から法律専門家ではない私が引き出す結論は、欧州連合は社会的由来、遺伝上の特徴、言葉、少数民族、財産、出自による差別に対し積極的に戦う価値を認めてはいないと言う事です。

私自身の意見:あらゆる人間の能力が男女、肌の色、性癖等の区別なく生かされることが出来れば、社会は大いに繁栄を謳歌することができると思いますが、他方雇用者には一緒に働く従業員を選ぶ権利があります。相性の良くない人と一緒に仕事するのは苦痛です。
さらに、明らかに劣る者(愚鈍、虚弱、怠惰)に対してある程度差別することは悪くありません。差別をすることでそうした人が増えるのを抑制する働きがあるのです。この様な考えは時代に逆行するものですが、人間の退化を防ぎ、進化に寄与するのです。
ドイツをはじめ先進国は政治的正当性(political correctness)ゆえの反差別政策に走りすぎています。就職の面接の際雇用者が候補者の女性の胸元に目をやったとすると、その女性は職場でセクハラの可能性が高いということでその仕事を拒否するだけでなく、その仕事を拒否せざるをえなくなったことに対しての損害賠償訴訟を起す事が可能になったということです。
ドイツでは犬等のペットの鎖が短すぎたり小屋の檻が小さ過ぎたりすると、飼い主は刑務所に入れられる危険性があります(動物虐待の最高刑は2年の懲役)。
また、外国の国家元首を侮辱した場合は最高3年の懲役に処せられます。(ヘッセン州のある屠殺業者は手作りプラカードに「ブッシュは戦争犯罪人だ」と書いたところ、訴えられました。「ラムズフェルド国防省長官は戦争犯罪人だ」と書いていたなら問題はなかったそうです。国家元首のみが侮辱に対し庇護されているそうです。http://www.jungewelt.de/2003/04-01/015.phpを参照) 
神への冒涜(犠牲者のない罪!)にも最高3年の刑が適用されます。さらに重い刑を適用すべきとのキャンペーンも行われています。私のページhttp://www.hpo.net/users/hhhptdai/earlyletters.htm#persecution(英)でも紹介した風刺漫画http://www.hpo.net/users/hhhptdai/god.gifの作者も冒涜罪で訴えられました。
また、ナチドイツ修正主義的意見を表明した場合、最高5年の懲役に処せられます。
しかしながら、今の司法制度は(性犯罪者を除き)真の犯罪に関して寛大です。「犯罪者は、恵まれない幼少時代を送り、善悪をわきまえることが出来ず、むしろかわいそう。。。」との意見が一般的になっているようです。

日本の政治的正当性・反差別への傾向。
それは言葉の使い方に現れてきていると思います。乞食は物乞い、盲人は目の不自由な人、らい病はハンセン病と言われるようになり、「外人や外国人」さえも言いにくくなってきているようです。「外人などという表現は失礼だし良くない。。。」と主張するひともいますが、「外人や外国人」はある事実を的確に表現する言葉であり、その言葉を使うことに対し良心の呵責を覚える必要はありません。
日本人は「うち」と「そと」を区別しますが、それは差別とも言えます。その際、差別されるのは「うち」の方です。例:「うちの子は本当に馬鹿で。。。」こうした「うち」と「そと」の区別を知らない外人は文字通りに受け取り、「かわいそう」とか「残念ですね」と反応します。日本人の慎ましさは言わば家族(=内)の犠牲の上に成り立っているのです。日本人は、外人にではなく内人に対しての差別行為を止めるべきだと思います。

ホルガー・H・ハウプト

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