政治家、政府、イデオロギー

人々はこれまで様々なイデオロギーや政党と馴染んできたが、イデオロギー(政党)を個別化することはナンセンスだ。どんなイデオロギーであれ、イデオロギーは治める者、治めたらんとする者のただの言い訳にすぎない。どのイデオロギーも共通の目的を有する。その共通の目的とは強盗だ。治める者は、治められる者から搾取する。堂々たる国家から小さな村の政治組織まで、人々を治めるとは、人々の自由と財産を奪うことに他ならない。あるのはただ一つのイデオロギー政党、すなわち、「ネックにキック党」だけだ。
もし、貴方が政治家だとすれば、どんな政党(民主党、社会民主党、共産党、自由党、緑党など)の政治家でも関係ない。「私は政治家だ」と公言する瞬間、「私は泥棒だ」と告白するも同然だ。
貴方は、人々のお金、住居、財産、自由、武器、子供たちを奪いたいことを認めている。
貴方は、もし人々が自分の意志で貴方の奪いたいものを出さなければ、そこへ貴方の手下を行かせ(貴方自身は腰抜けで直接渡り合う度胸はないから)、
乱暴したり、誘拐したり、脅迫したりする。それでも人々が言いなりにならなければ、手下に殺させるということを貴方は認めている。
貴方が政治家なら、ヒトラー、スターリン、毛沢東、ポル・ポト、いんちき聖人であるチャーチルやルーズベルト、ベトナム戦争の犯罪者、アイゼンハワー、J・F・ケネディー 、L・B・ジョンソンから現在の戦犯である米国大統領に至る大犯罪者と、程度の差はあれ、実質は同じだ。

政府と強盗の関連リンク:Government is about stealing” by L. Neil Smith http://www.ncc-1776.org/tle2006/tle393-20061112-02.html、 http://www.ncc-1776.org/tle2006/tle386-20060924-01.html (英語)

自由主義作家ケン・スクールランドThe Adventures of Jonathan Gullibleで民主主義の政治家について次のような比喩を書いた。(私が勝手にショートショート風に要約した。)
寓話の主人公であるジョナサンは政治的陰謀に満ちた町から逃げ出し、険しい山を登って行くと、頂上の近くでハゲタカにばったり出会った。彼は「せっかくハゲタカだらけの世界を逃げ出して来たと思ったのに、ここでは正真正銘のハゲタカに会ってしまった」と嘆いた。
「正真正銘のハゲタカだって?」との声に、ジョナサンはビックリして「お、お前、しゃべれるのかい?」と聞いた。ハゲタカは「勿論、しゃべれるさ。お前と同じ様にね。でも、お前は自分の言っていることが分っていないらしい。お前はまんまと言葉に騙されている。」とジョナサンの言葉使いを批判した。
ジョナサンは「僕は騙されていない。」と主張し、「ハゲタカは死体をつつく気持ち悪い奴。乞食は単純だが悪意はない。ペテン師は賢く茶目っ気がある。王様は偉く、国民を守ってくれる。。。」などのような一般的偏見を引用しながら、言葉で表現出来ることを証明しようとした。
ハゲタカは「この四つの中で役に立つのはハゲタカだけだ。」とジョナサンの考えに反対した。「ハゲタカは死体を片付け、衛生に寄与している。乞食は何も生産せず他人の役にも立たないが、悪い事もしない。ペテン師は詐欺を働き、言葉を巧みに人を騙し、手練手管を尽くすが役に立つことはない。最後は王様だが、王様は物乞いもせず、詐欺もせず生きられるが、実はしょっちゅう物乞いも詐欺も働いているのだ。王様は強盗の様に人に暴力を振って他人の財産を奪う。奴等は何も生産しないが、全てを支配する。そんな『王様』をハゲタカより偉いと思うのか。」 − 「確か、昔の王様の中には悪い奴が多かったが、今は民主主義の時代だ。国民の代表者は皆から選ばれている。」 ー 「ええっ!民主主義の政治家は王様とは違うとでも言うのか。奴等こそ最もひどい、最低の奴さ。政治家は乞食、ペテン師、王様の下劣な品性を全て兼ね備えているのだ。奴等はまず献金や票を乞い、おべっかを言い手練手管を尽くす。それから嘘と詐欺のおかげで出世すると、ついには厚かましくも王様のような支配者面をし、真面目に働く人々から搾取する。」
。。。ケン・スクールランドThe Adventures of Jonathan Gullibleはおとぎ噺のように ハッピーエンドで終わる:めでたしめでたし、ジョナサンは自由な社会のために働く決心をする。
噺のエピローグはこちら:行動のプリンシパル

ホルガー ・H・ハウプト

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