言葉の定義

自由の意味は、社会的なレベルでは「誰にでも同じ自由を」とのこと。もし社会のある一人が他の人よりより自由であれば、この多く自由を持つ人は他人の自由を奪っているからである。つまり、その人は他の人を支配しているのであり、自由の少ない方は支配されているのである。

暴力とは、他人の「同じ自由」の領域への攻撃だ。そこで抵抗するのは暴力ではなくて防衛だ。

平和は暴力のない状態だ。だから、現在平和は何処にも存在しない。たとえ戦ってはいなくても、国民に対して国家の一方的な永世暴力がある。Pax Romana (ローマの支配による「平和」)、Pax Mongoliana, Pax Americanaは誤った名称である。

民主主義とは、私益が見せかけの公益に従属するイデオロギーである。この抑圧の仕組みでは、「政治家」が選挙演説で選挙民に何かを約束して選ばれ、支配者になる。約束を守る義務はない。この支配者を選ばなかった人もこのシステムに抑圧される。

代議制度とは社会の支配者による巧みな虚構だ!国会が国民全体による比例代表選挙の結果の代表であるとすれば、500議席の場合、投票率が50%の時には、議席の半分の250議席は空いていなければならない。しかし、実際は違う。議席はいつも全部「選挙の勝利者」に分配されている。これは、あたかも、立候補者の誰にも投票したくなくて選挙に参加しなった50%の選挙民も、それらの「政治家」に代表して欲しかったかの様である。

そもそも、どの様にしてある人が別の人を代表できるのか。しかも、人の要望や、約束した事を無視したところで、どうでもよい場合には?

また、投票率の低い場合、議員の数を減らすのはいい事だ。安く国を治められる。

それに、議員は党規に服し、そうすると多数派が支配するようになり、負けた党の議員は不必要になる。それが前から分かっていれば、もっと無駄遣いが減る。野党の議員の演説はエネルギーの無駄。どうせ与党は与党の思う様にしか動かない。そう考えてみれば、国会は必要ない。議員全体を節約できる。
国会がなければ、政府はもっと効率良く国民を治めることが出来るだろう。

どうして代議員が必要なのか。(子供のIQ-テストの質問にもあるが、子供は勿論、最近では大人でも答えるのは難しい。フランス革命以降社会的政治的に成熟した時代においては常識のはずだが。。。。)
答えは簡単、「国民一人一人の意見を訊くことは、実行不可能であるから。」 確かにそれはひと昔前では不可能であったが、今ではどうだろう。
日本の参議院では平成10年1月召集の第142回国会から、従来実施されてきた採決方法に加えて、赤、黄色、青の押しボタン式投票方法を導入した。
http://www.sangiin-vt.jp/uvs/uvs01.htmlを参照。これは、議席に設置された押しボタン式投票機。議員が自席の投票機のボタンを押すと、制御集計コンピュータがそれぞれの議員の投票結果を高速で集計し、結果は議場内3か所に設けられた壁面表示盤に表示される。
http://www.sangiin-vt.jp/uvs/uvs26.htmlを参照。これは、押しボタン式投票の結果を表示する壁面表示盤だ。
私のBSテレビのリモコンにも色とりどり(正確に言うと赤、黄色、青とグリーン)の押しボタン式投票機が付いている。テレビでのくだらない遊びに参加するために。
現在では、頼りにならない代議員を経由することなく、国政に参加することが技術的に可能になった。つまり、代議員は必要なくなった。
直接民主主義は代議制度に比べ、自由な社会への一歩前進ではあるが、それでも多数派は、少数派や個人に害を与えたり、その自由を奪ったりする権利はないことをわきまえなければならない。多数派が少数民族の虐殺を決定したり、喫煙者がたとえ多数派でも少数派の非喫煙家の健康を損なうことはできない。また、運転者に車のシートベルトやオートバイ・自転車のヘルメットを強制する権利はない。それはあくまでも個人のことだから。

公正とはあらゆる点で「誰にでも同じ自由を」との原理に由来する権利である。そしてこの自由に帰属するすべての権利、例えば自衛権、である。
だが、政治家や法律専門家の書いた法令全書には公正より不公正な決まりが多い。

犯罪とは、「誰にでも同じ自由を」の原理からすれば暴力である。すなわち、「他人に許されないことを、自分に許すこと」ことであり、攻撃、盗み、強盗、強姦、恐喝、抑圧、殺人等である。
国家の行為の多くは犯罪である。
例えば税金は国家による強盗だ。税務署の脅しを無視し、「税金」という名目の強盗に対し防衛すれば、刑務所に入れらてしまう。それは国家の監禁罪だ。
さらに、人を強制的に兵役に服させ、あらゆる凶器の操縦者に仕立てるのも国家の犯罪だ。 実際、その兵士と凶器を使って他国を攻撃し、人を殺すのは国家の殺人犯罪だ。強制的に人を民間労働に従事させるのも、人を奴隷化することであり、犯罪だ。
公務員による襲撃、ならびに辻強盗まがいの犯罪もある、例えば、レーダー罠を用いて「速度違反者」から「罰金」を盗る罪。
麻薬売人や麻薬常用者を襲撃し、逮捕するのも国家の犯罪だ。
麻薬取締法そのものが犯罪だ。麻薬を消費するかしないかはあくまでも個人の自由。この世の中で一番大事なのは、因果関係を把握する事だ。誰もが自分のした事の責任を負うべき。麻薬常用者は麻薬中毒で廃人になっても、国家からの援助などは期待すべきではない。
麻薬が合法化され、薬局で売られるようになれば、麻薬の魅力は半減し、麻薬常用者の数は減る(オランダの例)。
麻薬合法化によって麻薬の値段が下がれば、麻薬常用者が麻薬を調達するために犯す犯罪も減る。
麻薬取締法は、実は麻薬密売者を儲けさせ、国が(支配者の望むところの)抑圧的な警察国家になることを助けるという結果を生む。また、麻薬密売者と秘密警察が協力し合うことも頻発している。国家が本当にそうした犯罪に手を染めることが信じがたい人には次の書物を推薦する。

1)米国の議会のための調査である「パイク・レポート」 = ”CIA The Pike Report”(New York 1977)、
2)「愛国者の犯罪」 = ”The Crime of Patriots - A True Tale of Dope, Dirty Money and the CIA” by Jonathan Kwitny (New York/London 1987)
3)
”Whiteout: The CIA, Drugs and the Press” by Alexander Cockburn, Jeffrey St. Clair (http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/1859842585/ref=pd_sim_books_5/104-4459631-6140755?v=glance&s=books#product-detailsを参照。)全テキストはオンライン、検索機能付き。
4)
”Cocaine Politics - Drugs, Armies and the CIA in Central America” (University of California Press, Berkeley 1991)
5) 西ドイツの元防衛事務次官であり、後に研究技術大臣を務めたアンドレアス・フォン・ビュロー(Andreas von Bülow)は統一ドイツ後旧東ドイツの諜報機関調査会の会長だったが、調査中に西側の諜報機関の不正行為を暴いたため、職を追われた。その後、彼は彼のチームとともに独自に秘密情報機関を調査し、その結果を”Im Namen des Staates"(=「国家の名において」)という本にまとめた。出版社はPiper Verlag GmbH München, 1998。
この本によると、米独(日本はどうだろう?)の諜報機関は暴露のためにわざわざ外国でケシ(実からアヘンが採れる)を栽培し、密売をそそのかす。騙された運び屋が国境や空港で捕まってくれれば、めでたしめでたし。。。アヘンの闇価値が何億円(だが、栽培は安い)だとか、「麻薬との戦い」の成功がメディアで強調される。 (ドイツ語ができる人に超お勧め。日本語に訳して貰いたい本。)

麻薬密売と秘密情報機関についてのリンク
1) 「本物の麻薬業王−麻薬密売にかかわるCIAの記録」 ”The Real Drug Lords A brief history of CIA involvement in the Drug Trade by William Blum http://www.csun.edu/CommunicationStudies/ben/news/cia/970504.hist.html
2) コカイン輸入機関 = CIA = Cocaine Import Agency http://www.csun.edu/CommunicationStudies/ben/news/cia/index.html 詳しい情報と続報へのリンクがいっぱい。

犯罪の定義の続き
攻撃、盗み、強盗、強姦、恐喝、抑圧、殺人以外にも以下の犯罪がある。ワクチン接種の強制、薬物治療の強制【麻薬を厳しく制限しているUSAでは、公共機関が子供達に注意力障害の処方薬(塩酸メチルフェニデート[Ritalin]http://www.earth-pure.com/ush/mental/add002.html日本語)を強制する。様々な副作用を引き起こし、死んだ子供もいる。参照のリンクはhttp://www.ugoslink.ne.jp/add_adhd/children.html英語と日本語訳、http://ritalindeath.com/crusade.htm英語、http://www.eagleforum.org/educate/2002/june02/drug-induced.shtml英語、治療を断る両親を「児童虐待」で告訴するhttp://www.icspp.org/media/hearingonprotecting.htm英語】、赤ん坊への一方的洗礼や割礼、あらゆる検閲、ポルノ取締法(陰部・性器の画像を禁じる検閲者の本物の性器を切るべし)、売春防止法(職業選択の自由)、自由恋愛、乱交、同性愛の迫害、最近話題になっている小児愛という「異常性愛」の迫害も小児自身がそれを望んでいるとすれば犯罪である。小児性欲の抑圧は大人の性欲の抑圧と同様犯罪である。
他に、信念や主義の迫害、1972年ドイツのブラント首相による「反民主主義者」の公職従事禁止法、所有権の制限、閉店時間法(ドイツの法律では、商店の夜間・日曜・祭日営業は禁止されている。つまり店主が自由に所有店の開店時間を決められない。)、職業の自由を制限する全ての法律【ドイツの手工業法によれば、職人はマイスター・ブリーフ(親方免状)がなければ、独立して商売をするのは禁じられている。試験官自身がマイスターであり、受験者は将来の競争者。この仕組みのため、手工業者の労賃はことのほか高い。】、医者ならびに弁護士の宣伝禁止(この結果、競争がなくなり費用や謝礼が高くなる)、その他、国は国家の許可を持たない人が病気を治す事を禁じる。つまり、国民は医療巫術者を選ぶ自由がない。

一方以下の行為は犯罪ではない。病気を治そうと努力する、職業に励む、国家の暴力に抵抗する、税金の支払いを拒否する、意見を表明する、人生をエンジョイする、愛する、セックスする、ポルノをつくる、ポルノをエンジョイする、乱交する、売春する、アルコール・ニコチン・麻薬で自分(!)を病気や死に追いやる、自殺する【「生は神から与えられたものだから」自殺未遂は死刑に相当する罪だった時代もあった。それなのに、聖権主義・専制君主・独裁体制の下では拷問や死刑が横行した。現在平気で大虐殺を行う国でも末期患者の安楽死の望みをかなえることは禁じられている。】等々。。。

戦争は、国家の最大の犯罪。戦争とは、自国の若者、相手国の若者(兵士)の大虐殺に他ならない。現代の空爆戦争では大勢の民間人も戦争の犠牲者となっている。一般に、戦争は大衆にとって命を賭けるほどの価値はない。国民は戦争への融資に他ならない増税を迫られ、貧乏になるだけである。

ハウプト ホルガー

ホームページに戻る